「ロックアウト」は本当に脱獄不能なのか!?

リュック・ベッソンがプロデュースしたことで話題となった映画「ロックアウト」を徹底的に解明!

脱獄

脱獄不可能な宇宙の刑務所から、美女を救い出せ!というキャッチコピーで始まった「ロックアウト」ですが、実際にはコールドスリープで体の自由を奪うことによって囚人たちが脱獄できない状況を作っているに過ぎませんでした。では、実際の刑務所ではどのような対策がとられているのか、実際に脱獄した囚人はいるのか、調べてみました。

洋画三昧

脱獄とは

収監されている刑事施設から無断で脱出する行為のことです。「牢破り」とも言われています。日本では脱獄した場合(国家による拘禁から逃れるまたはその援助をする)は「逃走の罪」として罰せられ、最高で3ヶ月以上5年以下の懲役に処せられます。近年の日本での脱獄で有名なものは、2012年1月11日に殺人未遂などの罪で広島刑務所に服役していた中国人受刑者が逃走し2日後に逮捕された例があります。

脱獄不能の刑務所

アルカトラズ連邦刑務所

アルカトラズ連邦刑務所はアメリカ合衆国カリフォルニア州のサンフランシスコ湾に浮かぶ、面積0.076平方キロメートルの小島です。1963年まで刑務所として使用されていました。脱走対策が万全にされていて、格子は道具を使っても破壊できないものを使い、受刑者が逃げ隠れできる可能性のあるトンネルはすべてセメントで埋められていました。また、監房を取り巻くように、看守が武器を持って監視できるガン・ギャラリーが設けられていて、鉄柵で保護して、受刑者の手の届かない高いところに設置することで看守の安全を保っていました。食の天井には催涙ガスの噴射装置が取り付けられていて外部の監視場所から遠隔操作で噴射できるようにするなど、完璧な脱走対策がとられており、脱獄不可能の刑務所と呼ばれていました。

網走刑務所

かつて日本で一番脱獄が困難な刑務所だといわれていた場所があります。「網走刑務所」です。日本で最も多く脱獄したことで知られている「西川寅吉」や昭和の脱獄王と呼ばれた「白鳥由栄」などが収監されていました。国内最北端の刑務所で、以前はその環境の悪さ、施設の劣悪さ、凶悪犯が多いなどのイメージから、映画やヤクザ漫画に度々題材として取り上げられていました。ですが、映画などの舞台となった木造の建物は現在は刑務所としては使われていません。1984年に鉄筋コンクリート立ての舎房が出来てからは木造の建物は移築されて、「博物館網走監獄」として観光客などに公開されています。博物館では、西川寅吉や、白鳥由栄の脱獄シーンがマネキンで再現されているそうです。

脱獄をテーマにした作品

有名な脱獄犯

フランク・モリス

フランク・モリスは1926年9月1日生まれのアメリカ人です。13歳の頃から犯罪に手を染め、10代後半に麻薬所持や強盗の罪などで逮捕され、脱獄不可能といわれたアルカトラズ連邦刑務所から脱出したとされている人物です。脱走は約2年の歳月をかけて準備されていたようです。長細い浮き袋を三角形に組み合わせ、シートを貼り付けたいかだを作り、自分たちに似せた人形もつくりました。また、作業場から道具を盗んで壁に穴を掘り、1962年3月に独房の裏手へと続く穴が完成しました。同年6月11日の夜、計画が実行されました。作っておいた人形をベッドに配置し、掘った穴から煙突を登って屋根伝いに脱出し、いかだで逃走しました。島外にたどり着いたかどうかは分かっていませんが、モリスの遺体は発見されませんでした。後に、モリスをモデルにした映画「アルカトラズからの脱出」が公開されています。

フランク・アバグネイル

フランク・アバグネイルは1948年4月27日生まれのアメリカ人です。信用詐欺、小切手詐欺、身分詐称などの犯罪歴がありますが、現在はアメリカ合衆国のセキュリティ・コンサルタントとして活躍している人物です。航空機パイロット、医師、連邦刑務局職員、弁護士など少なくとも8回の身分詐称を行なっています。21歳になるまでに警察の拘留から2回逃れ、うち1回は空港誘導路から、もう1回は連邦刑務所からでした。5年以内で出所し、その後は連邦政府に勤務しています。1980年に自伝「Catch Me if You Can」を出版しベストセラーとなりました。2002年にはこの小説を基にした同名映画も公開されています。この映画にはアバグネイル本人も彼の役を演じたディカプリオを取り押さえる警察官の1人としてカメオ出演しています。

SF作品ランキング

西川寅吉

西川寅吉は日本で最も多く脱獄を行なった人物として知られています。西川は14歳のときに、自分をかわいがってくれた叔父を殺した人物にあだ討ちするため、その人物に刀を振るい、家に火を放ったことで無期懲役の刑を受けました。地元三重の牢獄に服すこととなった寅吉ですが、あだ討ちのために捕まったということで受刑者たちにかわいがられていました。その後、仇がまだ生きていることを知った寅吉は、受刑者たちの力をかりて脱獄します。しかしあだ討ちの前に捕まってしまい、同じ刑務所に収容されます。ですが、寅吉はまたも受刑者の力をかりて脱獄に成功し、賭博師として全国の賭場を渡り歩きましたがまた捕まり、秋田の集治監に入れられ、ここも脱獄しました。秋田から故郷の三重に向けて逃げている途中の静岡で捕まり、東京の小菅を経て、北海道の樺戸集治監へ送られました。樺戸では三回の脱獄の後、熊本で捕まり、北海道の空知集治監を経て標茶集治監に移され、標茶集治監が網走へ引っ越したのに伴いそちらに移りました。その後はいい看守に恵まれたこともあり、模範囚として過ごし、71歳のときに仮出所し、87歳で生涯を終えています。

秋の夜長に脱獄モノ